那須野ヶ原の歴史

NEDO 平成18年度太陽光フィールドテスト事業により
戸田調整池に水素発生テストプラント設置

弊社が位置する那須野ヶ原は扇状地と呼ばれ、瓦礫が地下深く積層する特殊な地域です。
そのため、降った雨は全て地下に浸透し表層部である川には水がほとんどありません。

この地域に住む先人たちは生活のために数キロも先の水場で水を汲むために、大変な苦労をしていました。
400年ほど前よりこの地域に那須疎水の原形が作られ始め、少しづつその水路が伸び人々の生活が豊かになりました。

しかし、当時の疏水は建設技術が未熟な事や設備の老朽化の為、地元の人々が協力しながら、その修繕を行いなんとか利用してきました。
昭和41年新木ノ俣用水に於いて農業史上最悪の事故が発生しました。隧道の修繕活動にあたっていた農夫たちが25人一酸化炭素中毒によりその尊い命を落としました。これをきっかけに水に苦しむ農民たちの実情が明らかとなり、28年にも渡る国営那須野ヶ原総合開発事業が渡辺美智雄翁の指導のもと協力に推し進められました。
その結果疏水全長400km、上ダム、揚水式発電所、調整池、各ゲート等を要する世界にも代表する壮大な水管理システムが完成しました。この疏水の恩恵により現在では全国でも有数の農業先進地域であると共に、観光、工業の面でも重要な地域にまで発展してきました。これは水の乏しい地域から水の豊かな地域への大きなチャレンジだったのです。

現在、この那須疏水を利用したマイクロ水力発電事業が行われ、エネルギーのないこの地域に電気を供給し始めています。
この疎水には水の流速を抑えるために数mの落差がつけられており、このような落差口を利用して発電を行います。
これはこれまで捨てていた水の力を利用する画期的な水力発電です。この落差口が那須疏水には無数にあり、大きなポテンシャルを秘めています。
次なるこの地域の夢はエネルギーの無い地域から、エネルギーを供給する地域だと考えています。

この那須疏水の恩恵を受けながらこれまで事業を展開してきた地元企業として、この那須疏水の発展に微力ながら貢献していきたいと考えています。
我々は電気のスペシャリスト・水素エネルギーのスペシャリストとして、この那須疏水で発電した電力を利用したクリーンな水素で地域発展を進めていきたいと考えています。

木ノ俣隧道事故慰霊碑清掃活動

地元若手リーダーたちで平成18年に那須野ヶ原有限責任事業組合(那須野ヶ原LLP)を立ち上げ、何か地元に貢献できないか、現在模索をしております。
職種は様々で、建設業・旅館業・造園業・土地改良区・電気設備業です。
その一環として、年一回ではありますが、隧道事故で亡くなった方々の慰霊碑の回りの草刈り活動をさせて頂いています。(今年でこの活動も5年目となりました。)